電気ケトル問題
電気ケトルは便利
私はインスタントコーヒーを愛飲している。インスタントコーヒーの素晴らしいところは、粉を入れてお湯を注ぐだけで出来上がることだ。溶け残ることもほとんどないので、マグカップだけですべて事足りるし、何も考えなくて済む。
しかし、問題はお湯の準備だ。昔はガスコンロで沸かしていたが、火を扱うのでしばらく離れられなくなるし、コンロを動かすわけにもいかない。これでは魅力的な手軽さが失われてしまう。
だが世には天才が居るもので、誰かは知らないが電気ケトルなるものを発明した。なんと、お湯を注いでスイッチを入れるだけでお湯を沸かせるのだ。火を使わないから沸かす間じっと見ている必要もないし、電源口さえあればどこにでも置ける。しかも沸いたら自動的に加熱を停止してくれる。なんと素晴らしいことだろう!
水の量を増やすと沸かすのに時間がかかる
話が長くなった。とかく電気ケトルを使うとき、当然ながら、沸かす水の量が増えればその分だけ時間がかかる。そう思って必要最低限の量だけで沸かしているのだが、実際にはどれだけ時間に差があるのだろうか?
おそらく簡単に計算できるので、それを試みたい。まずは我が家の電気ポットで計算して、それから一般化しよう。
電気ケトル問題
我が家の電気ケトルには、底面に定格電力が1250 Wだと書いてあった。電力がけっこう大きいのでブレーカーが落ちないよう注意が必要である。
さらにいくつかの大まかな仮定を置こう。簡単のため、定格電力がすべて加熱のために使われるとする。また、ケトルが電力を熱に変換する際の熱効率を80 %とする。これは一般的なケトルの熱効率を雑に拾ってきた値で、その正確さはわからない。水の比熱は4.18 J/(g·K)、密度は1.00 g/cm3で一定としよう。始めの水温は20 °Cとして、これが100 °Cに達するまでにかかる時間を計算したい。
具体的な値を条件を以下にまとめた。
量 | 数値 | 単位 |
---|---|---|
定格電力 | 1250 | W |
熱効率 | 0.80 | - |
水の比熱 | 4.18 | J/(g·K) |
水の密度 | 1.00 | g/cm3 |
初期水温 | 20 | °C |
水の沸点 | 100 | °C |
加熱時間 | ? | s |
具体例での計算
まずは500 mL (500 cm3)の水を沸かす場合を考える。20 °Cから沸騰させるのに必要な熱量は以下のとおり計算できる。
\[ 4.18 \,\mathrm{J/(g \cdot K)} \times (500 \,\mathrm{cm^3} \times 1.00 \,\mathrm{g/cm^3}) \times (100 - 20) \,\mathrm{K} = 167.2 \,\mathrm{kJ}. \]
次に、これだけの熱量を与えるのに必要な電力量を、熱効率から逆算して求める。
\[ \frac{167.2 \,\mathrm{kJ}}{0.80} = 209.0 \,\mathrm{kJ}. \]
最後に、この電力量を稼ぐためにケトルが要する時間を求める。電力[W]は単位時間あたりの電力量[J/s]であるから、除算すればよい。
\[ \frac{209.0 \times 10^3 \,\mathrm{J}}{1250 \,\mathrm{J/s}} = 167.2 \,\mathrm{s}. \]
以上より、500 mLの水をこの電気ケトルで沸かすのに必要な時間は167秒、すなわち2分47秒と算出できた。
実は商品名で検索したところ、メーカーの測定では500 mLなら2分50秒、1 Lなら5分20秒かかると回答が出ていた。仮定が雑だったわりにはかなり近い値が出たようだ。
一般化
続いて、以上に示した式を一般化する。ついでに3つの式をまとめてしまおう。
\[ t = \frac{c V ρ \left( T_\mathrm{b} - T_\mathrm{i} \right) }{η W}. \]
記号の意味と単位はそれぞれ以下のとおりである。
記号 | 意味 | 単位 |
---|---|---|
W | 定格電力 | W |
η | 熱効率 | - |
c | 水の比熱 | J/(g·K) |
ρ | 水の密度 | g/cm3 |
Ti | 初期水温 | °C | K |
Tb | 水の沸点 | °C | K |
t | 沸騰までの時間 | s |
ここで、物性値や定義値ではない、不確定な因子をまとめてしまいたい。定格電力Wに対して実際に加熱に使われる電力Weの割合をkとする。さらに、ηとkをまとめたものを加熱性能pと定義しよう。このとき、以下の式が成り立つ。
\[ \begin{aligned} W_\mathrm{e} & = k W \,\mathrm{J}, \\ \frac{η}{k} & = p. \end{aligned} \]
tを求める式の一部をこれらで置換してから、pについて解きなおす。
\[ \begin{aligned} t & = \frac{c V ρ \left( T_\mathrm{b} - T_\mathrm{i} \right)}{η W_\mathrm{e} / k}, \\ & = \frac{c V ρ \left( T_\mathrm{b} - T_\mathrm{i} \right)}{p W}, \\ p & = \frac{c V ρ \left( T_\mathrm{b} - T_\mathrm{i} \right)}{W t}. \end{aligned} \]
これにより、初期水量、初期温度、沸騰にかかった時間を実測することでケトル固有の加熱性能が求められるようになった。ただし加熱性能と加熱時間は単純には比例しないかもしれない。初期条件への依存性を調べるのも面白そうだ。
結論
電気ケトルは便利だ。何度も使っていると発見や疑問が湧いてくるもので、今回は沸騰にかかるまでの時間を試算してみた。一般化することで定格電力に対する効率まで考えが及び、なんでもやってみるものだと感慨を覚えた。
余談だが、一度沸かした水はすぐに使って都度換えるべきだ。電気ケトルに限ったことではないが、沸騰させてカルキを抜いた水はすぐに腐ってしまうからである。……はて、沸騰させた水はどのくらいで腐敗するのだろう?